お見合い仮面夫婦の初夜事情~エリート裁判官は新妻への一途な愛を貫きたい~
 素早くキスを中断させ手元を確認すると、半分ほど残っていた紅茶の中身がこぼれ、大知さんの服の裾を濡らしていた。

「す、すみません」

 さっと血の気が引き、急いで彼から離れて立ち上がる。

「なにか拭くものもってきます」

「千紗」

 テーブルにカップを置いて大知さんに背を向けたタイミングで名前を呼ばれたが、振り返る前に足が動いていた。正確には恥ずかしさと自己嫌悪で彼の顔を見られなかった。

 キスのひとつも満足にできない。さらには大知さんに迷惑までかけて。

 情けない気持ちを振り払い、新しいタオルを取って急いで戻る。

「ごめんなさい、大丈夫でしたか?」

「このあと着替えるから問題ないよ。たいして濡れていない」

 まだお風呂に入っていない大知さんが、しゃがんで拭きにかかる私に困惑気味に返した。

 さっきまでの甘いムードは当然消えていて、濡れている箇所に私は丁寧にタオルを押し当てる。

「もういい。ありがとう」

「いえ、元はと言えば私のせいですから」

 彼からストップがかかり、大知さんの顔を見ないまま答えた。

 そのとき、頭に手のひらの感触がある。

「今週末、よかったらどこかに出かけないか?」

 大知さんの提案に私はやっと顔を上げた。

「お互い、ずっと忙しくしていただろ。千紗の行きたいところを教えてほしい」

 これは俗に言うデートのお誘いというものだろうか。結婚して体も重ねておきながら、実は大知さんとふたりでゆっくり出かける機会はまだなかった。

 忙しいのに大知さんから言い出すなんて、結婚した私に気を使ってくれているのかもしれない。
< 27 / 128 >

この作品をシェア

pagetop