お見合い仮面夫婦の初夜事情~エリート裁判官は新妻への一途な愛を貫きたい~
「千紗」

 吐息を感じるほどの距離で名前を呼ばれ、つむっていた目をそっと開けた。すると、切なそうに至近距離でこちらを見ていた大知さんが視界飛び込んできて、目を奪われる。

「大丈夫、力を抜いて」

 子どもに言い聞かせる口調だった。それに反し大知さんの瞳は色めき、彼の親指が私の下唇をなぞる。促されるままおずおずと引き結んでいた唇の力を緩めた。

 これが正しいのかわからない。

「千紗のそういう素直なところ、好きだよ」

 言い終わるのと同時に口づけられ、動揺と恥ずかしさで胸が苦しい。

 下唇を軽く吸われ、唇の間を舌先で軽く突っつかれる。わずかに口を開けると彼の舌が滑り込まされた。

「んっ」

 巧みに口内を刺激され声が漏れる。初夜のとき以来の深い口づけに、無意識に体が強張る。

 自分の経験のなさが恨めしい。舌をからめとられ、応えるとまではいかなくても大知さんを精いっぱい受け入れた。

「ん、はっ……」

 息をするタイミングがわからず、脈拍がどんどん速くなる。

 視界が滲み、頭がぼーっとしていく中、大知さんはキスをしながら、ちゃんと私の様子を気にしてくれていた。

 次第にちりちりと焦げるような胸の奥にある欲望が存在を主張しだす。もっとしてほしい。もっと近づきたい。大知さんが好きだから。

 気持ちがあふれ、さらに体を近づけた瞬間、手に持っていたままのカップが大きく揺れ、甘く蕩けていた私の思考は現実に引き戻される。
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