お見合い仮面夫婦の初夜事情~エリート裁判官は新妻への一途な愛を貫きたい~
「忙しいときもあるし、助かっている」

 不安になり尋ねようとしたらその前にフォローされる。彼のひと言で私の気持ちは上がったり下がったりと大忙しだ。

 おかげで反応が遅れ、その間に大知さんは再び前を向き、車が動きだす。

「千紗は料理はもちろん、昔からお菓子作りも得意だったよな」

 変わらず会話を続けてくれる大知さんに、ぎこちなく答える。

「全部独学で趣味みたいなものですけれど……」

 子どもの頃読んだ絵本の影響でクッキーやクレープに挑戦したのが最初だった。そこからパウンドケーキやマフィンとレパートリーを増やし、時間があったら大学生の頃もよくケーキを焼いたりした。

 ある日、大学の友人たちに差し入れしようとスノーボールクッキーを焼いていた際に、大知さんが我が家を訪れた。

 せっかくだからと彼にお茶と一緒に出したら、手作りなのかと驚かれ、褒められた。家族でもなかなかあそこまで喜んでくれない。

 それからは大知さんが来るときとタイミングが合えば、張り切ってお菓子を作った。我ながら単純だと自覚している。

「また、余裕があるときに作ってほしい」

 自己満足だと思っていたけれど、大知さんは気に入ってくれていたんだ。心打たれて、笑顔になる。

「喜んで! 好きなものがあったらリクエストしてくださいね」

「千紗」

 返事ではなく名前を呼ばれ、思わず首を傾げる。

「……なんでしょうか?」

 一瞬だけ大知さんがこちらを向いて視線が交わる。心なしかなにか物言いたげな表情に見えた。しかし彼はすぐに目線を前に戻した。
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