お見合い仮面夫婦の初夜事情~エリート裁判官は新妻への一途な愛を貫きたい~
「それは羨ましいな」

「え?」

「千紗ちゃん」

 どこからか名前を呼ばれ、顔を動かす。すると母と同年代の女性が小さく手を振っているのが視界に入る。白い帽子に癖のある短めの髪がのぞき、その顔は父に似ていた。

孝子(たかこ)叔母さん」

 彼女は父の妹で、息子がふたりいる。会うのは結婚式以来だ。

「久しぶりね。今日は智宏(ともひろ)のところと遊びに来たのよ。孫がどうしても馬に乗りたいって言ってね。大知さんもお久しぶりです」

「こんにちは。お久しぶりです」

 律儀に頭を下げる大知さんに、叔母は満足そうに頬笑んだ。

「相変わらずお忙しいんでしょ? でもよかったわね、千紗ちゃん。結婚できて。万希ちゃんは心配していなかったけれど、まさか千紗ちゃんのほうが先に結婚すると思っていなかったから」

 叔母の視線は私に向けられた。

「万希ちゃんに比べると昔から千紗ちゃんはいろいろ足りなかったでしょ? まったく、姉が万で妹が千なんてつけるから、その通りになったじゃないって伸行(のぶゆき)にもよく言ったのよ」

『千紗ちゃんは万希ちゃんの十分の一なのね』

 叔母によく言われたフレーズが頭をよぎる。ここは曖昧に頬笑んでやり過ごそう。今さら真正面から受け止めて傷つくほど子どもでもない。

「結婚を決めてくださった旦那さんに感謝しなさいね。万希ちゃんと比べたら千紗ちゃんは」

「感謝しているのは私の方ですよ」

 立て板に水の状態だった叔母に口を挟んだのは大知さんだった。続けて彼は私の肩を抱き、強引に自分の方に引き寄せる。
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