お見合い仮面夫婦の初夜事情~エリート裁判官は新妻への一途な愛を貫きたい~
『こんにちは』

 気持ちが沈みそうになったところに、母に迎え入れられ、リビングに大知さんが顔を出した。

『大知くん、久しぶり』

 軽やかに声をかける姉に対し、私は硬直する。

『どうした、千紗? なにかあったのか?』

『あ、いいえ』

 敏い大知さんに指摘され、さっさと立ち上がった。居たたまれなくてみじめな気持ちになりそうなのを抑え、無理やり笑顔をつくる。

『いらっしゃい、大知さん。あとでお茶をお持ちしますね』

 それだけ告げて自室に駆け込む。悶々とする気持ちを抑え込み、自分の中で仕切り直す。

 ややあってお茶を淹れに行こうと着替えてからリビングに向かった。そこに姉の姿はなく、大知さんと目が合う。

『千紗』

 名前を呼ばれ、急いでキッチンに向かおうとした足を止めた。

『どうされました?』

『千紗はなにも悪くない。傷ついたり、自分を責める必要も。千紗は千紗のままでいんだ』

 具体的に指摘されなくても、大知さんがなにに対して言っているのか理解できた。姉から事情を聞いたのだと察し、顔から火が出そうになる。

 情けないやら余計な心配をかけて申し訳ないやら。けれど、こうしてわざわざ呼び止めて励ましてくれる大知さんの優しさが身に染みる。

 ああ、我ながら不毛だな。彼は誰にでも優しい。公正で中立。裁判官を目指す真面目な彼の性格だ。

『ありがとうございます。大丈夫ですよ!』

 笑顔で返したが、どういうわけか大知さんの表情は厳しくなった。その理由までは聞けず、お茶を淹れるからと今度こそキッチンに向かった。
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