お見合い仮面夫婦の初夜事情~エリート裁判官は新妻への一途な愛を貫きたい~
「千紗」

 ぼうっと昔を思い出していたおかげで、、声をかけられたのが過去か現在なのかすぐに判別できなかった。斜めうしろを振り返ると、大知さんは前に回って私の正面にやってくる。

「悪かった、待たせたな」

 すまなさそうに顔を歪める大知さんに、大きく首を横に振った。

「いいえ。お仕事大丈夫ですか?」

「ああ」

 それ以上は尋ねられない。なにがあったのかとか、どういう案件だったのか。その代わり、笑顔で彼に提案する。

「そろそろ帰りましょうか」

 ベンチから腰を上げ、せっかくだからお土産にスイーツを買って帰ろうかと考える。

「さっき」

「え?」

 目線をお店の方に向けていたら、大知さんが珍しく小声でなにかを言いかけた。

「男に声をかけられていなかったか?」

 続けられた言葉がまったく予想していなかったもので、やましいものなど一切ないのに、動揺をあらわにして説明する。

「あ、あの保育園の同僚の先生に会ったんです。男性保育士で、彼も遠足の下見がてら来ていたみたいで……」

「そうか。千紗が困っていたわけじゃないならよかった」

 わずかに安堵めいた表情を見せる大知さんに、電話しながらもこちらを気にかけてくれていたのだと気づく。

 嬉しさで胸が詰まりそうだ。そのとき不意に左手を取られる。

「ほら。あの店でお土産を買うんだろ?」

 なにも言っていないのに顔色を読んだのか、私の思考はお見通しらしい。

「はい」

 クールな印象とは裏腹に、握られた手は大きくて温かい。

「大知さん、お忙しいのにありがとうございます」

 私、世界一の幸せ者だ。大好きな人と結婚できた。そして、ずっと前から彼に恋をしている。
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