お見合い仮面夫婦の初夜事情~エリート裁判官は新妻への一途な愛を貫きたい~
「嫌か?」

 問いかけるその顔がどこか不安そうで、心許なく首を横に振った。

「違……」

 このまま大知さんに溺れたい。愛されたい。でも自分の中のなにかが素直に彼を受け入れられずにいる。

 そもそも彼にこんなふうに尋ねさせてしまったこと自体が申し訳ない。夫婦なのに、気を使わせて。これが好きな者同士だったらきっと大知さんは……。

『千紗は千紗だよ。万希とは違う』

 昼間のなにげない彼の発言が、脳裏に浮かぶ。

 心の中に真っ黒なインクがぽつりと垂らされて、あっという間に広がっていった。

『いつか大知くんも私じゃなくて千紗と結婚してよかったって思うわよ』

「私……」

 彼を失望させるわけにはいかない。せっかく求めてもらえたのに。けれど大知さんと目が合わせられない。

 すると大知さんは一瞬綺麗な顔を歪め、私の胸元に唇を寄せた。

「い、た」

 ちくりとした痛みが走り、続けて強く彼に抱きしめられる。訳がわからずいたら、ややあって大知さんは大きくため息をついた。その反応に肩が震える。

 あきれられたか、怒らせたのか。

 とっさに謝罪の言葉を口にしようとしたが、その前に彼が私を抱きしめたまま体勢をずらして、私たちは向き合う形で横になった。

 目をぱちくりとさせている間に、大知さんはさっさと掛け布団を手に取り自分たちにかぶせる。彼の腕の中に収まったまま私は混乱していた。

「あ、の……」

「疲れているのに無理をさせたな。今日はもう寝よう」

 彼の提案に胸が苦しくなる。この状況を招いたのは他でもない私自身のせいだ。
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