総長は、甘くて危険な吸血鬼
夜の寮は驚くほど静かだった。
廊下の灯りは一つ、また一つと落とされ、外から差し込む月の光だけが白く床を照らしている。
叶兎くん達はまだ学園の方での仕事が残っているみたいで、寮に人の気配はない。
誰もいないと思って扉へ向かうと隙間から淡い光が漏れていた。
静かに扉を開けると、ロビー中央のソファの上に小さな灯りが一つ。
部屋の照明は消えたまま、青白い光を放つノートパソコンの画面だけが夜の静寂の中に浮かんでいる。
その光の中にひとりの人影。
指先が静かに動き、タイピングの音が規則的に響いていた。
覗き込むつもりはなかったけど、ふと視界に入った文字列。
──“選定試験報告書”
……選定試験?
思わず瞬きをしたその瞬間、彼はこちらの気配に気づいた。
わずかに肩が揺れ、すぐに画面を閉じたその動きはいつもより早かった。
慌てたようにも、何かを隠すようにも見えた。
「…おかえり、早かったね。まだ学園の方にいるのかと思ってた」
落ち着きがあるその声に、少し混じるぎこちなさ。
「……熱で倒れたって聞いたけど、やっぱ無理してたんじゃん」
そこにいたのは飛鳥馬くんで、軽く笑ったその表情は何かを誤魔化すようだった。
『うん……。結局、叶兎くんに助けられちゃった』
「もっと気軽に頼ればいいのに」
『はい……』
飛鳥馬くんは、いつも冷静で落ち着いている。
冷静とはいえ桐葉くんは違うタイプで、どこか近寄りがたい空気はあるけど冷たいわけではない、不思議な雰囲気の人。
『みんな、まだ学園の方にいるみたいだけど……飛鳥馬くんは何してたの?』
「ん? ……あー、整理。情報のね」
『情報?』
「そ。White Lillyの情報網は広いから」
軽い調子でそう言ったけれど、その一瞬、彼の瞳がほんの僅かに陰った。
光の角度が変わっただけ、そう見えたのかもしれない。
でも、その陰の色が妙に心に残った。