【完】総長は、甘くて危険な吸血鬼 Ⅰ
能力を使って、差し出された札束を受け取った瞬間。
……なんて、簡単なんだろう、と思った。
あの時、脳裏を駆け抜けた圧倒的な安堵感を、俺は生涯忘れることができない。
そして、そんな悪魔のような手段に安堵してしまった自分自身に対する猛烈な嫌悪感も。
…でも、それも最初の一回だけだった。
一度その踏み越えてはいけない一線を越えてしまったら、あとは転がり落ちるように早かった。
何度も何度も能力に頼るたび、気づけば心は何も感じなくなっていって。
自分の人生も、他人の人生も、全部どうでもよくなってしまって。
俺は日に日に、深い深い闇の底へと堕ちていってしまったのだ。
能力の制御の仕方も、皮肉なことに少しずつ分かってきた。
けれどそれは、それだけ俺が能力を日常的に使い続けて、心を汚し続けている証拠でもある。
そんなボロボロの俺のことを、夜の闇に紛れて生きていた裏社会の人間たちは、すぐに見つけ出した。
「良い仕事を紹介してやる」
「お前に頼みたい仕事がある」
手を出したら二度と戻れない危険な世界だと分かっていたけど…既に汚れ切っている俺には、もう失うものなんて何ひとつ残っていなかった。
だから、後戻りなんて出来なかった。
声をかけてくる連中は、誰も彼も俺のことを“都合よく使える便利な駒”としてしか見ていない。
けれど……そんな歪んだ形であっても、誰かに必要とされること自体が、当時の絶望していた俺にとっては唯一の精神的な救いになってしまっていたのかもしれない。
「随分荒れてるみたいだね」
でも、そんな時に出会ったのが、天羽朔だった。
当時はまだBLACKSKYの総長ではなく、副総長だった朔。
路地裏で膝を抱えていた俺に声を掛けて来たあの夜の事は、今でも鮮明に覚えている。
… また裏の仕事のスカウトかよ……。
そう思って鬱陶しそうに顔を上げたけど、目の前に立っていた男が纏っている尋常じゃない圧倒的な威圧感と空気感に、俺は一瞬で息を呑んだ。
直感が告げていた。
こいつは……今までのバカな大人たちとは明らかにレベルが違う、と。