総長は、甘くて危険な吸血鬼
天音くんの件がようやく一区切りし、
重たい緊張と共に静寂が戻ったその時。
コツ、コツ、と乾いた足音が廊下から響いてくる。
張り詰めた空気をさらに締めつけるように、規則的に近づいてくる音。
全員の視線が、自然と扉へと吸い寄せられた。
「…話は済んだか?」
姿を現したのは蓮水さんだった。
この人がここにいるということは、作戦はもうとっくに進んでいるということ。
全員、息を呑んだ。
廊下の奥から吹き込んでくる熱気に、鼻を刺す焦げた匂い。
気づいた時には、部屋そのものがじわじわと焼け落ちる寸前の竈のような息苦しさに支配されていた。
「…持ってあと20分。ここはもう崩れる」
感情を滲ませず、蓮水さんは淡々と告げる。
直後、天井の一部がパラパラと崩れ落ち、粉塵が宙に舞った。
パチ、パチ、と遠くから響く炎の音が次第に近づいてきて、黒い煙がじわりと部屋に忍び込む。
「は……?崩れるって…」
状況を呑み込めないまま、天音くんの声が震えた。
私たちはこの作戦を事前に聞かされていたけど、天音くんはこの作戦を知らない。
混乱が露わに言葉へと滲み出ていた。
「朔はもう正気じゃない。このままじゃBLACK SKYはどんどん悪い方向に進んで行く。…だから一度全部壊すんだ」
蓮水さんは、アジトを燃やしてこの場所を壊すつもりだった。
「意味わかんな……てかなんでみんな冷静なんだよ?!」
天音くんが振り返る。
必死に答えを探すように、仲間一人一人の顔を見渡した。
『一人で天音くんの妹と弟をWhite Lillyのアジトに預けに来て、天音くんを連れ戻す後押しをしてくれたのは…蓮水さんなんだよ』
そう伝えると、天音くんは唇を開いたまま言葉を失った。
驚愕と戸惑いが混じり、ただ目だけが大きく揺れる。
「…俺はWhite Lillyを選んだけど、朔には…返し切れない恩がある…。こんなやり方って…」
心の奥を抉るように吐き出された呟き。
その声は苦く、弱く、迷いに引き裂かれている。
でも、その迷いを許す隙もなく轟音と共に天井が大きく裂け、瓦礫が一気に崩れ落ちた。
耳をつんざく破砕音と共に、粉塵と火花が視界を白く塗り潰す。
仲間たちは咄嗟に後退し、互いの無事を確認した。