【完】総長は、甘くて危険な吸血鬼 Ⅰ
「一つは……今まで通り、このまま普通の人間として生きていく道。そしてもう一つは……叶兎くんと共に二人でトップとして、吸血鬼界を束ねていく道だ」
『え……?』
耳にした途端、情報量が多すぎて脳が処理を拒んでいるみたいだった。
『え、というか、何で私も……?』
「胡桃は叶兎くんの婚約者だ。トップのパートナーであれば隣に立つ資格がある」
婚約者──それって、多分契約のことだ。
というかお父さん、それも、知ってるの…!?
思考が追いつかなくて、ただ口をぱくぱくさせてしまう私を見て、母が優しく口を開いた。
「急にこんな凄まじい選択を突きつけられても、困惑しちゃうよね……。だから胡桃、今すぐ答えを出さなくても大丈夫。じっくり時間をかけて考えなさい。叶兎くんを後継者として正式にお披露目する披露宴は、どんなに早くても半年後なんだから」
半年後……?
たしかに時間はある。けれど、その時が来れば選ばなければならない。
「普通の人間として生きる道」か。
「叶兎くんと共にトップとして生きる道」か。
何もかも急すぎる。
もし前者を選んだら……叶兎くんとの関係は、どうなるの……?
胸の奥がきゅうっと締めつけられ、答えの見えない不安が広がっていく。
底知れない不安と恐怖が胸の奥で渦を巻き、視界がじんわりと滲んでいく。
そんな時だった。
コンコン、と控えめで静かなノックの音が病室に優しく響いた。
「目が覚めたんですね……!?お取り込み中、申し訳ございませんが、ご両親の方、手続きの追加があるので一緒に来ていただけますか?」
ドアを開けた白衣の医師が、申し訳なさそうに頭を下げる。
「あぁ、今行くよ」
父が短く返事をすると、私の方へ視線をやる。
その視線は、言葉にならない優しさと、わずかな覚悟の色を含んでいた。
次に視線を叶兎くんへ移すと、静かに一言。
「……それじゃ、娘を任せたよ」
「任せた」というその言葉に胸がぎゅっと締めつけられる。
「胡桃、迷ったときは相談して良いからね。先輩としてのアドバイス」
母は私の頬にそっと手を添え、柔らかく微笑む。
二人は医師と共に部屋を出ていくと、扉が閉まる音がやけに大きく響いた。