総長は、甘くて危険な吸血鬼
「始めは…ただの仕事だったよ。麗音さん人使い荒いから、また厄介な任務押し付けられたなーって」
そう言った時雨は少し笑って、視線を落とす。
「でも気づいたら毎日楽しくてさ。……俺、小さい頃から本部で暮らしてたから、まともに学校生活なんて送ったことなかったんだ。……まさか一年以上も偽名で生活するなんて思わなかったけどね。」
「……お前、すごいな。」
思わず口から言葉がこぼれた。
でも、本当にそう思った。
一年以上も近くにいたのに、時雨は一度も俺に違和感を悟らせなかった。
「……でも、叶兎が正式に後継者に決まった時点で俺の仕事は終わってたんだ。本来なら、もうここにはいないはずだった。」
沈黙が落ちる。
カチカチと響く時計の針の音が、心臓の音のように響いた。
「……だから、今の俺は仕事じゃない。自分の意思でここにいる。」
「……どうして。」
「心配だったから。」
その一言は、予想よりもずっと真っ直ぐに胸を貫いた。
時雨の視線は逃げ場もないほど真剣で、嘘がひとつもなかった。
「ずっと見てきたから。叶兎の責任感の強さも、頑固さも、不器用さも…強さも弱さも。……きっと、無理して自分を追い詰めると思った。」
観察者としてではなく、ひとりの“仲間”としての言葉。
時雨が俺の事をちゃんと見てくれていた証拠だった。
「本当は俺の正体、仕事で再会するまで言わないつもりだったんだよ。でも……最近の叶兎、空回りしすぎだから。本部所属の先輩として一回喝入れてやろうと思って。」
「……なんだよ、それ。」
思わず、ふっと力が抜けるように笑った。
時雨の真っすぐな優しさが、心を軽くした。