【完】総長は、甘くて危険な吸血鬼 Ⅰ
【side胡桃】
叶兎くんの部屋の前まで来たものの、ドアを叩く勇気がどうしても出なくて、私は何度も何度も扉の前を行ったり来たり往復していた。
……うぅ、どうしよう……。
急に押しかけたら迷惑かな……でも、一目だけでも叶兎くんの顔が見たいよ……っ。
ぎゅっと両手を握りしめ、意を決してドアノブへ手を伸ばそうとしたその瞬間──ガチャリと突然扉が開いて、中から飛鳥馬くんが出てきた。
その顔はどこかすっきりと吹っ切れたような晴れやかな表情で、私と目が合うと少しだけ微笑み、そのまま静かに廊下の闇の中へと走り去っていってしまう。
…え? 飛鳥馬くん……?一体何があったの……?
一人取り残されて状況をまったく理解できないでいると、間髪を入れずに目の前の扉がドカンと勢いよく開け放たれた。
目が合った瞬間、息が止まる。
久しぶりに間近で見る叶兎くんの顔。
よく見ると、目の下にはうっすらと濃いクマが出来ていて……ここ最近、ろくに寝ていないことが一目で分かった。
それでも、凛とした鋭い瞳は相変わらず格好良くて。
けれど今のその瞳は、何か大きな感情の波に飲み込まれたように、かすかに揺れていた。
「……くるみ、」
叶兎くんはふらふらと近づいて来て──そのまま驚く間もなく重さが肩にのしかかってくる。
『ど、どうしたの……!?って、熱……!』
倒れかけてきた叶兎くんの体を慌てて両腕で支え、おでこにそっと手を当てて驚愕した。
まるで燃えさかる火でも灯っているみたいに、肌が熱く火照っている。
「…何か、胡桃の顔見たら安心して気が抜けて…疲れが一気に…」
こんな状態の叶兎くん、珍しい。
相当自分を追い込んで、抱え込んでいたんだろう。
『叶兎くん、“吸血鬼は風邪引かない”って前に言ってたよね…?』
「……あれ、嘘」
私の肩に顎を乗せたまま、掠れた声でボソッと答える叶兎くん。
その口元が、少しだけ照れくさそうに笑っていた。