【完】総長は、甘くて危険な吸血鬼 Ⅰ
しばらくWhite Lillyのみんなと話したあと、式典の開始を告げる鐘の音が響いた。
重厚な音が大広間の隅々まで広がり、ざわめいていた空気がゆっくりと静けさに包まれていく。
私たちは大広間の奥、二階のバルコニーのそばに立ち式典の開始を待っていた。
一歩前に出れば会場全体が見渡せる。
そして、その中央でバルコニーの上に立つ父──朝宮麗音がゆっくりと一歩前へ進んだ途端、場の空気が変わり誰もが視線を向けた。
「本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。」
緊張感と荘厳さが一瞬で会場を包み、誰もが息を潜めた。
私の知っている父はもっと柔らかい雰囲気で優しい人だ。
でも今目の前に立っているのは、トップとしての責任を背負う存在そのものだった。
そして私はというと、ただただ硬直していた。
人の多さにも空気の重さにも圧倒されて、心臓の鼓動が耳の奥でうるさいほど鳴っている。
おまけに、父のスピーチはずっと続いていたけれど何を話しているのか全く頭に入ってこない。
そんなパニック寸前の私を見て、隣にいた叶兎くんが普段とまったく変わらない余裕たっぷりの調子で、クスッと軽くからかってきた。
「胡桃、緊張しすぎじゃない?」
『だ、だって、こういう場面初めてなんだもん!』
「俺が隣にいるから絶対大丈夫だよ。ほら、笑って」
そう言いながら、叶兎くんは私の頬を指でむぎゅっと引っ張る。
『んぅ……ちょっと叶兎くんっ!』
変顔にされまいと必死に抵抗すると、叶兎くんは私の慌てる様子がツボに入ったらしく、さらに楽しそうに「ふふっ」と声を殺して笑った。
「可愛い」
あまりにも自然に、当たり前みたいな顔で甘い言葉を囁くから、いちいち私の心臓が「ドキンッ!」と爆発しそうになる。
ムッと眉を寄せて睨み返してみたけれど、叶兎くんは痛くも痒くもないといった様子でニカッと笑っている。
この人は本当に、どんな重大な場面であっても堂々と自分を保っていて……その揺るぎない自信と強さが、ちょっぴり羨ましくなるくらい格好良かった。
「緊張、解れたでしょ?」
『あ……確かに』
言われて初めてハッと気づいた。
さっきまで胸を押し潰しそうだった息苦しさが消えていて、浅くなっていた呼吸がすごく楽になっていたのだ。
「胡桃はさ、笑った顔が一番可愛いんだから。ちゃんと笑っててよ。……あ、でも、下にいる奴ら全員が胡桃に惚れちゃったら困るな……。」
『もー今日の叶兎くん心配しすぎ!』
「……でも、胡桃俺のこと大好きだから大丈夫か。俺のもの、なんだもんね?」
からかうような声で、真っ直ぐな瞳を向けられる。
……ひ、否定はしないけど…っ。
自分の口から出た言葉を思い出して羞恥心で破裂しそうになり、私は赤くなった顔を伏せた。
『……言わなきゃ良かった!』
「でも、俺も胡桃のものだから」
なんでそんな言葉を恥ずかしげもなく言えるの……!
そんな私の心を見透かしているかのように楽しそうに覗き込んでくる。