総長は、甘くて危険な吸血鬼
そんな時、出番直前だというのに甘い空気が流れる私達の間に横から声が割り込んだ。
「相変わらずだな」
びっくりして振り向くと、そこには本部の黒いスーツをきっちり着こなした時雨くんがいた。
学園にいた頃よりもずっと大人びて見える。
「時雨!」
「こんなとこでまでイチャついてるとは思わなかった」
呆れたように笑うその表情に、私の顔は一気に熱くなる。
でも、お構いなしに「別にいいでしょー」と返す叶兎くんの声に思わず吹き出してしまった。
『ふふっ』
二人が同時にこちらを見て、不思議そうな顔をする。
「胡桃?」
『なんか、懐かしくて。……立場が変わっても、時雨くんは飛鳥馬くんなんだなって。』
そう言うと、時雨くんは一瞬目を細め、柔らかく笑った。
「……ほら、もうすぐ出番だよ。ビシッと決めてきな」
父のスピーチが一区切りついたのを察して、時雨くんが叶兎くんの背を軽く叩く。
さっきまで余裕そうにしていた叶兎くんが、ほんの少しだけ息を整える仕草を見せた。
「俺が見込んだ男なんだから自信持って」
その言葉に、叶兎くんは短く息を吸って顔を上げる。
「あと、胡桃の事幸せにしなかったら俺が全部麗音さんに報告するからね。」
「お前が言うと冗談に聞こえない」
「冗談じゃないからね。…麗音さんに言われたんだ。“俺が引退したら、叶兎と胡桃を支えてやってくれないか”って」
「それって……!」
「言われなくてもそのつもりだったけど。……だから、これからもよろしく。叶兎、胡桃」
そう言って笑う時雨くんの顔は、学園にいた時と同じ優しい笑顔だった。