【完】総長は、甘くて危険な吸血鬼 Ⅰ
そんな時──出番直前だというのに甘い空気が漂う私たち二人の間に、横から呆れたような声が割り込んできた。
「……相変わらずだな」
びっくりして振り向くと、そこには本部の黒いスーツをきっちり着こなした時雨くんがいた。
学園にいた頃よりも、。ずっと大人びて見える。
「時雨!」
「こんなとこでまでイチャついてるとは思わなかった」
呆れたように笑うその表情に、私の顔は一気に熱くなる。
けれど、叶兎くんはお構いなしに「別にいいだろ、俺たちの勝手だし」なんてケロッと声を返している。
そんな二人の気置けないやり取りを見ていたら、なんだかおかしくなってしまって、私は思わず吹き出してしまった。
『ふふっ』
二人が同時に「ん?」とこちらを振り返り、不思議そうな顔で私を見つめる。
「胡桃?」
『なんか、懐かしくて。……立場が変わっても、時雨くんは飛鳥馬くんなんだなって。』
そう言うと、時雨くんは一瞬目を細め、柔らかく笑った。
「……ほら、もうすぐ出番だよ。ビシッと決めてきな」
父のスピーチが一区切りついたのを察して、時雨くんが叶兎くんの背を軽く叩く。
さっきまで余裕そうにしていた叶兎くんが、ほんの少しだけ息を整える仕草を見せた。
「俺が見込んだ男なんだから自信持って」
その言葉に、叶兎くんは短く息を吸って顔を上げる。
「あと、胡桃の事幸せにしなかったら俺が全部麗音さんに報告するからね。」
「……お前が言うと冗談に聞こえない」
「冗談じゃないからね。…麗音さんに言われたんだ。“俺が引退したら、叶兎と胡桃を支えてやってくれないか”って」
「それって……」
叶兎くんが目を見開くと、時雨くんはフッと優しく微笑んだ
「言われなくてもそのつもりだったけど。……だから、これからもよろしく。叶兎、胡桃」
そう言って笑う時雨くんの顔は…学園にいた時と同じ、優しい笑顔だった。