総長は、甘くて危険な吸血鬼
「我々の世界をまとめる立場として、これまで長く務めさせていただきましたが──」
そうこうしているうちに父の声が少し大きくなり、会場の空気がさらに張り詰めた。
誰もが息を飲み、次の言葉を待っている。
もうすぐ叶兎くんの出番だ。
「次の時代を担う者へ、その礎を少しずつ引き継いでいく時が来ました。」
そして父の視線が、ゆっくりと叶兎くんへと向けられる。
「ここでご紹介します。私の後を継ぎ、次代を担う者──赤羽 叶兎。」
会場の視線が一点に集まる。
私と時雨くんは叶兎くんへ笑いかけた。
「行ってこい、叶兎」
『行ってらっしゃい、叶兎くん』
目が合った瞬間、叶兎くんの口元に小さな笑みが浮かぶ。
「ありがと。…俺、2人がいるなら最強かも」
まっすぐで、迷いのない瞳。
そう言って叶兎くんはバルコニーの中央へと歩み出ていった。
その姿を見送りながら、隣に立つ時雨くんが静かに息を吐く。
時雨くんは叶兎くんの背を見たまま、ほとんど独り言のように呟いた。
「……ありがとう」
静かに響いた言葉に思わず疑問が漏れる。
『……え?』
時雨くんは静かにこちらを向いて、少しだけ微笑んだ。
「あいつはもともと何でもできるやつだったけど……どこか“完璧すぎた”。ずっと見てたから分かるんだ。胡桃が来てからの叶兎は、年相応の少年の顔をするようになった」
父からの指示で学園に来ていたはずの時雨くん。
けれど、今のその表情には命令でも義務でもないひとりの友としての想いが滲んでいた。
時雨くんにとって叶兎くんはもうただの後継者でも、観察対象でもない。
ずっと見守ってきた仲間であり、守りたい誰かになったんだと思う。
……叶兎くんは、やっぱりそうやって自然に人を惹きつける人。
「胡桃のおかげだよ」
その笑顔はどこか誇らしげで、あたたかかった。