総長は、甘くて危険な吸血鬼
叶兎くんが前に出ると、数百の視線が一斉にバルコニーの上へ注がれた。
静かに、まっすぐに前を見据えている。
「ご紹介に預かりました、赤羽叶兎と申します。」
前に立つその姿にさっきまでの緊張はどこにもなく、堂々としていた。
「俺は、人と吸血鬼が共に歩める未来を守っていきたい。麗音さんの築き上げてきたものを受け継ぎ、俺を選んでいただいたことを後悔させることのないよう、必ず立派なトップになります。正式な就任は成人の二年後ですが、見守ってくださると嬉しいです。」
一語一語を丁寧に、けれどまっすぐに紡ぐその声には迷いがなかった。
ホールにいる誰もが息をするのも忘れたように叶兎くんを見つめている。
叶兎くんはまだ高校生。
けれどその横顔には年齢を超えた覚悟と誇りが宿っていて、まるで父──麗音と重なるようだった。
叶兎くんの家…赤羽家はこの吸血鬼界隈では由緒ある名門らしい。
だから、この場にいる大半の人が叶兎くんの名を知っている。
叶兎くんの誠実さや強さを知っているからこそ、誰もが「彼が次代を担うのにふさわしい」と納得していた。
「そしてこの場をお借りして、もう一つ大切な報告をさせていただきます。」
この言葉にわずかにざわめきが起こり、叶兎くんは一呼吸置いてから静かに続けた。
「俺の婚約者───朝宮胡桃さんです。」
バルコニーの隅に立っていた私は1歩前に出ると、無数の視線が向かってくる。
その中には、「人間……?」と囁く声もあった。
少なからずこういう視線を浴びることは分かっていた。
でも叶兎くんは微動だにしない。
「俺は、彼女と共に未来を創ります。誰に何を言われようと、俺の一番大切な人です。」
強くて、優しくて、誰よりも真っ直ぐな人。
これが、私の好きになった人だ。
そしてまた隣に父が一歩進み出る。
その動きだけで、再び会場が静まり返った。
「……以上です。皆様、本日はお集まりいただきありがとうございました。引き続き祝宴の席を設けております。今夜はどうぞお楽しみください。」
一拍遅れて、会場に拍手が広がる。
最初は戸惑い混じりだったけど、やがて大きな波になっていった。
私はその音を聞きながら、静かに息を吐く。
拍手の音に包まれながらふと見上げると、叶兎くんが優しく微笑んでいた。