【完】総長は、甘くて危険な吸血鬼 Ⅰ
叶兎くんが前に出ると、数百の視線が一斉にバルコニーの上へ注がれた。
静かに、まっすぐに前を見据えている。
「ご紹介に預かりました、赤羽叶兎と申します。」
前に立つその姿にさっきまでの緊張はどこにもなく、堂々としていた。
「俺は、人と吸血鬼が共に歩める未来を守っていきたい。麗音さんの築き上げてきたものを受け継ぎ、俺を選んでいただいたことを後悔させることのないよう、必ず立派なトップになります。正式な就任は成人の二年後ですが、温かく見守っていただけますと幸いです。」
一語一語を丁寧に、けれどまっすぐに紡ぐその声には迷いがなかった。
ホールにいる誰もが息をするのも忘れたように叶兎くんを見つめている。
叶兎くんはまだ高校生。
けれどその横顔には年齢を超えた覚悟と誇りが宿っていて、まるで父──麗音と重なるようだった。
叶兎くんの家…赤羽家はこの吸血鬼界隈では由緒ある名門らしい。
だから、この場にいる大半の人が叶兎くんの名を知っている。
叶兎くんの誠実さや強さを知っているからこそ、誰もが「彼が次代を担うのにふさわしい」と納得していた。
「そしてこの場をお借りして、もう一つ大切な報告をさせていただきます。」
この言葉にわずかにざわめきが起こり、叶兎くんは一呼吸置いてから静かに続けた。
「俺の婚約者───朝宮胡桃さんです。」
バルコニーの隅に立っていた私は1歩前に出ると、無数の視線が向かってくる。
その中には、「人間……?」と囁く声もあった。
…少なからずこういう反応をされることは、最初から分かっていたはずだった。
それでもやっぱり、足が竦みそうになってしまう。
けれど隣に立つ叶兎くんは、そんな周囲の動揺や雑音なんて一切気にも留めず、微動だにせずに私の手を強く、温かく握りしめてくれた。
そして、マイクに向かってハッキリとした声で言い放つ。
「俺は、彼女と共に未来を創ります。誰に何を言われようと、俺の一番大切な人です。」
強くて、優しくて、誰よりも真っ直ぐな人。
これが、私の好きになった人だ。
そしてまた隣に父が一歩進み出る。
その動きだけで、再び会場が静まり返った。
「……以上です。皆様、本日はお集まりいただきありがとうございました。引き続き祝宴の席を設けております。今夜はどうぞお楽しみください。」
言葉が終わったあと──一拍遅れて、会場のどこかからパラパラと拍手が上がり始めた。
最初は戸惑いや困惑の混じった小さな音だったけれど、それが一人、また一人と広がっていき……やがて会場全体を揺らすような、割れんばかりの大きな拍手の波となっていった。
私はそのあたたかい音に包まれながら、はぁぁ……と深く静かに息を吐き出す。
拍手の音に包まれながらふと見上げると、叶兎くんが優しく微笑んでいた。