私を、甘えさせてください
「あれ? それ男性用の傘ですよね?」


フロアに入る手前で、同じ課の後輩女子がめざとく見つけてくる。


「あ、うん・・・・急に雨が降り出して、2本あるからって貸してくれた人がいて」

「えええーーー、どんな人ですか? そんなことされたら、芽生えちゃいますよね!」

「どんな人・・・・。素敵な人・・だったかな」


『素敵な人』

すっ、と自分の口から出たフレーズに、少し戸惑った。


「課長、オトナ可愛いから〜。羨ましい!」

「もぅ、相澤(あいざわ)さん褒め上手なんだから」


思わず苦笑する。

相澤さんは31歳。
明るくて素直で人懐こいし、カジュアルなスタイルがよく似合っていて、男女問わず好かれている。


「ね、相澤さん。ちょっと質問してもいい?」

「何ですか?」

「相澤さんて・・彼に甘える?」

「え? 何ですか、急に」

「課題なのよ。私、甘えるってことが」

「課長・・もしかして甘えられないタイプですか?」

「というより・・・・甘えるっていうこと自体が、よく分からないのかも」


それを聞いた彼女は、『うーん』と目を閉じて考えた後、さらりと言った。


「簡単ですよ。甘えたいと思う人に出会ってないだけですね。
甘えるって、そんなに難しいことじゃないし、意識するものでもないですから」

「そう・・なのかな」

「でもほら、さっきの傘の人には甘えてますよね?」

「えっ」

「だって『素敵な人』に傘を借りたんでしょう?」


クスクスと笑う彼女を見て、ますます『甘える』の定義が分からなくなった。

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