私を、甘えさせてください
エントランスの集合ポストに入れるのは、セキュリティ面を考えるとさすがに気が引けた。

玄関ドアのポストに入れておこう・・・・。


エレベーターで上がり、何度か訪れた場所まで向かう。


ドアポストのカバーを押し、鍵を落とし込むのに少し躊躇った。

気持ちの整理が追いつかず、鍵を離すことができずにいた。


「・・・・ぁ・・・・」


ドアの向こうから、声が聞こえた気がした。
それも、女性の。


誰か・・いる?


『相手は知らないけど、どうも不倫らしくて。その相手とは未だに続いてるって噂だ』


まさか・・。


ドアポストのカバーから手を離し、私は玄関の鍵をそっと開けた。

いけないとは思いつつも、他に事実を確かめる方法が無いからと自分に言い訳し、ドアを開けて中に入った。


見下ろすと、靴がふたつ置かれている。

ライトブラウンのビジネスシューズと、ワインカラーのハイヒール。


ああ・・・・。
間違いない。


「・・・・はぁ・・・・ん・・」


嘘・・。
この声は、情事の・・。


「・・・・ま・・さん・・」
「あぁ・・優(ゆう)・・・・愛してるよ・・」



立ち尽くした。
正確に言うと、足が動かなかった。


私は『愛している』と言われたことが無い。
違いを、見せつけられた気がした。


力が抜けて座り込んでしまいそうな自分に、とにかくここを離れなきゃ、と言い聞かせた。


ドアポストに鍵を入れ、玄関ドアをそっと閉める。

カチャン、とオートロックの鍵が閉まる音を聞き、私は空川さんのマンションを離れた。

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