私を、甘えさせてください
それにしても・・どういうことだろうか。

彼は6日の午後、ずっとオフィスにいたことになる。

私が彼の家を訪ねた時間は経営会議の真っ最中で、もっと言えば、その日は彼が提示した議案もあったから、一時帰宅するとは考えにくい。


だとしたら。

私が彼の家で見た靴の持ち主は。
彼女と情事を重ねて、『愛してる』とささやいた男性は。


・・いったい、誰なの?


コトン。

目の前に紅茶のカップが置かれた。


「美月、砂糖いる?」

「ううん、無くていい」


ようやくベッドから抜け出した私たちは、彼の淹れてくれた紅茶を飲みながら、並んでソファに座っていた。


「何から話せばいいかな・・・・」


最初から全部話すとなると、伝えたいことがちゃんと伝わらない気がする。

彼は話すことを急かしたりしなかったけれど、話そうとしている私をじっと見ていた。


「何でも。どこからでも。俺がつなげるから大丈夫」

「うん・・」

「だけど・・・・もし良かったら、美月が一晩中泣いてた理由から、聞いてもいい?」

「そこだけ話すと、意味が通じない感じになっちゃうけど、それでもいいの?」

「いいよ。多分、分かるから」


私は、本当にその部分だけを話した。


もう合鍵を返そうとして、彼の自宅に行ったこと。

ドアポストに入れて帰ろうとしたら、中から女性の声が聞こえて、思わず入ってしまったこと。

玄関には、男性のビジネスシューズと女性のハイヒールがあったこと。

そのふたりの情事が、玄関まで漏れ聞こえていたこと。

男性が女性に『愛してる』と言っていたこと。



「・・・・ごめん」


そこまで聞いた彼は、何かを察したようだったけれど、私への謝罪を口にした。

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