策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
「動け。また宝城みたいにガード下のような、けたたましい声を上げる」

「心の準備とか。あ、訪問するのに、手ぶらはダメって両親が」

「これ」
 手さげ袋を指に引っかけた、右手を掲げて見せてきた。

「私が訪問するのに申し訳ないです」
「急遽、決めたのは俺だから、桃は気に病むな」

「洋服も正装のほうが」

「いつも清楚なワンピースだ、今日も可愛い。そのままでいい、かしこまるほどのことではない」
 淡々とした表情で、のうのうと言い放つ。
 
「そんな言っても」
「嫌か」

「いいえ、ご両親にお逢いするのは、とても光栄です」
 それなら、シンプルに考えろだって。いえいえ、急すぎるって。

「桃は愛想がよく、人見知りをせず、誰の懐にも入る。どこに出しても安心だ」

 人の気も知らないで、ぬくぬくと。

「そんなことはない、わかっている」
 また、心を読む。

「宝城と自分自身に逢うと思っていろ。そのじれったさは、取り越し苦労だと実感する」

 卯波先生にとっては心配ご無用でしょうよ。ひとごとだから、よく言うよ。

「四の五の言わずに、俺に任せろ」
 強引さは相変わらずなんだから。

 私の重い足取りなんか、ものともせず、今日も意気揚々と街を颯爽と闊歩して、私の腕をすいすい引っ張って行く。

 院長も言ってたね、ご両親は庶民的だって。いつも通りの私で大丈夫かな。

「あのときの庭園にスイカズラを見に行ってから、ご実家に行くんですね」

「正解といえば正解か、正解だ。今日は別の道から行こう」
 別の道だって。

 まだ今日で二度目なのに冒険するんだ。

 卯波先生ったら大胆ね、迷子にならないといいけれど。

「著しく方向音痴の桃といっしょにするな」
 ありゃ、エンパス発揮。

 別の道なら、またいろいろな屋敷が見られるから楽しみ。

「好奇心旺盛な瞳がきらきら輝いている」
 すでに、目に飛び込んできた屋敷に目が釘付け。

 卯波先生の手から蝶々のように、するりとすり抜ける私の意識の矛先は、すでに庭園の中のスイカズラ。

「夢中になると、子猫や子犬のようだ。遠くに行くな」
 振り向いたら、卯波先生が本当にそこにいる。
「わかってます」

 幸せは夢じゃないんだね。溢れる喜びを押し隠すことができない。

 浮き足立ったまま、どこかへ飛んで行っちゃいそう。
 歩幅が大きくなって、嬉しさのあまり走り出しちゃった。
< 161 / 221 >

この作品をシェア

pagetop