策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 午後の診察は、今日も駆けずり回る忙しさでへとへと。あともう少しだから頑張れ。

 入院室に入り、処置中の患畜のケージから掃除していくと、おや?

 ピちゃんが、ごはんに口をつけていない。どうしたらいいか、院長に聞こう。

「ピちゃんのごはんなんですけど」
「ピちゃんって、どの子だ?」
 怪訝そうな声にカルテを差し出す。

「これヒロ。ピちゃんって、どこの水たまりだよ」
「院長の字、きた......っぴつ」

「悪かったな、殴りながら書いたみたいな殴り書きで」
「達......筆って」

「もういい、フォローすればするほど強調されていく。で、ヒロのごはんがなんだって?」

「ドライ食べてないんです」
「猫は夜行性だから、そのまま置いといてあげて、様子を見る」

 ヒロとは読めないよ。ピだよ。あれはロじゃない、どう見ても丸だって。

 患畜の世話も終わり、サニーの散歩に行くことを、入院患畜の処置中の院長と卯波先生に告げて病院をあとにした。

「サニー、今日もだれかに背中を押されてるみたいに走り回ったの、疲れちゃった」
 ねえ、サニーったら聞いているの?

 散歩大好きなサニーの歩みは軽く弾みをつけて、優雅でリズミカル。

「サニーの手も借りたいほど大忙しなの。ねえ、サニーったら、手を貸して」

 院長がいっしょに散歩に行ってくれるから、景色は少し見慣れてきて、多少は道を覚えた。

 もうひとりで行けるって伝えたとき、院長の顔中に心配だって書いてあったっけ。

 あんなに心配な顔をしなくても大丈夫なのに。

「サニーと散歩して、いい運動になるよね。体力つくかな」

 日が射していたと思ったら、あっという間に日が傾くから、この季節は日中は暑いほどなのに、日が暮れると急に肌寒くなる。

 いつの間にか、見慣れないところに来ちゃった。こんなところ散歩したことないよね。

「サニー、今来た道を引き返そう、どうにかなる」
 そう言いながら歩いた、けっこうな距離を歩いた。

 でも、どうにかなっていない。なかなか見慣れた景色が出てこない。

「わっ」
 クールなサニーが、犬が変わったようにリードを引っ張って走り出した。

「止まって! 危ないったら、痛い」
 メイに噛まれた太ももに、太い針で刺されたような痛みが走り、ズキンと脈打ち、顔が歪む。

「また迷子か」
 俯き加減の耳に、聞き覚えのある抑揚のない声が入ってきた。
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