策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 全身を使って喜ぶサニーに目もくれない。

「犬が喜んで興奮しているときは、相手にするな、さらに興奮させる。ラブは大型犬だから、人に怪我をさせる恐れがある。いっさいかまうな」

 痛みが走る太ももを、なでながら頷く。

「いつまでも、うろちょろ、リードを貸せ」
「迷子になったみたいです」

「みたい? よく言えるな。みたいは余計だ、迷子だ。自覚もあるだろう?」

 一瞬、目を横に流して、ちらりと視線を送ってきた。

「よし、サニーいい子だ。急に走ったらダメだ、危ないんだぞ」

 私のほうを見ることもなく、落ち着きを取り戻したサニーの前にしゃがみ、優しく撫でている。

「探しに来てくれたんですか?」
「違う、コンビニに支払い」
「すぐ近くにあるのに、ここは遠いんじゃないですか?」
「俺の勝手だ」
 たしかに人それぞれ、どこに行こうが勝手だよね。

「行こう、痛みは?」
「平気です」
「そんなわけがない」
 表情ひとつ変えず、ひょいと容易く私を抱き上げた。

「下ろしてください、恥ずかしいです」

「こんな暗い夜に、だれが見るんだ。緒花くんでも欠けたら、明日から病院が回らなくなる」

 卯波先生がリードを引き、私を軽々と抱き上げたまま、いつものように颯爽と地面を踏みつけるように、ゆっくりと歩を進める。

「我慢は美徳や思いやりではない。無理をされて欠勤されたらスタッフ一同、迷惑だ」

 言うことが、きつい。

 こんなにはっきり迷惑だなんて言われたら、自己嫌悪に陥る。方向音痴の自分が情けない。

 うなだれていると首もとに息がかかったから、誰かに肩でも叩かれたみたいに飛び上がった。

 すすすうと、首すじから全身が熱い。変な感覚。

「震えている、寒いのか?」
「いいえ、寒くないです」
 体は熱いのにどうしてなの? こんなに震えているのが、わからない。

「スクラブの胸ポケにクッキーが入っている。サニーに気づかれないように出して食べろ」

 前を向いたまま、サニーに聞こえないように囁いているみたい。

 耳もとに伝わる、低くて強さがある声。素っ気ないのに、優しさもあるって心が感じる。

「こんなに歩いて、お腹が減っているだろう?」
「失礼します」
 そっと胸ポケットに指を滑り込ませる。

 震えているから、すぐに掴めない。いったい、どうしちゃったの?

 スクラブの生地一枚を隔てただけの薄さは、胸板に直接触れているようでぬくもりを感じて、指先が戸惑ってしまう。
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