仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
それを聞いて、ガクッと首を垂れた。杏のことを、甘く見ていた。彼女はそんな嘘に騙される子ではない。冷静に見極め、大知を信じ待っていたのだ。
「杏のほうが一枚上手だったってことか。焦ってから回って、かっこ悪いな、俺」
「まさか! 大知さんにかっこ悪いところなんてありません! それに、すごく嬉しかったです」
力説する杏と目が合い、キョトンとする。そしてすぐに、クスクスと笑いあった。
「杏は俺を買いかぶりすぎだ。じゃあ、ここで何をしてたんだ?」
「あ、それはその……」
途端にもじもじし始めたかと思うと、恥ずかしそうにポーチを大知に突き出す。中を見れば、化粧道具が入っていた。
「私ももう少し大人っぽいメイクしたいなって思って。ほら私、童顔なので。だから志乃さんに教えてもらってたんです」
「メイク?」
自分でもビックリするような、すっとぼけた声が出た。
「大知さんに釣り合う女性になりたくて……」
「そんなこと、気にしなくていいのに。今のままで十分だ」
大知のために、自分を磨きをしていたなんて。どこまで大知の心を掴めば気が済むのだろう。もしかして、メイクに夢中で、電話にでなかったのか。
大知もそうだが、杏は夢中になると周りが見えなくなるところがある。鯉のときもそうだった。しっかりしているんだか、抜けているんだか。でもそこも愛らしいと感じる。
「杏」
「ひゃっ」
再び杏を自分の腕の中にしまいこむと、ぎゅっと大事そうに抱きしめた。
「傷つけて悪かった。巻き込んで申し訳ない」
「大丈夫ですよ。きっとあの秘書さんも、ぶつけ先がなくて、辛かったんだと思います」
ここまでされてまだ庇うとは。本当に、杏には敵わない。
「杏のこと、知れば知るほど好きになる。どうしてくれる」
「ふふ、それは私もですよ、大知さん」