仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない


「何か飲むか? ケーキでも買ってきてやろうか」

 杏の訪問がよほど嬉しかったのか、うきうきした様子で話しかける。

 杏が帰るといつもこうだ。あれを買ってこようかとか、何か欲しいものはあるかと、子供をあやすようにもてなすのだ。

「ううん。いい。それより、もう片付け始めたんだね」

 院長室の隅に段ボールが積み重なっておいてあるのが見える。ここをたたむ準備が、着々と進んでいるのがわかった。

 ここにくる時、院内の掲示板に、半年後に閉院するお知らせが張ってあるのを見つけた。目に飛び込んで来た瞬間、ずきっと胸が痛んだ。大事な病院がなくなるのは、本当に辛い。

「まぁ、ぼちぼちやらないとな。荷物が多くて大変だ」

 白髪の頭を掻きながら、ははっと笑う。

「志乃さんや、他のスタッフはどうなるの?」
「彼女たちには、どこか別の職場を紹介しようと思ってる」
「……そっか」

 明はどうやらすでに腹をくくっているらしい。

 明はのほほんとした楽観的な性格だが、大学病院務めていたときは、心不全の病態の解明と新規治療の開発に貢献したとして国から表彰されたこともある 。医師であれば、北条明を知らない人はいないだろう。もちろん、大知も。



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