仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
医局に着くと、大知はすぐさまパソコンを立ち上げ、メールのチェックを始めた。
すぐに呼び出しがかかるため、ゆっくりと腰を据える暇はあまりないが、オペ室や診察室以外でも、やることは山積みなのだ。
閑も大知に一礼すると、自席へ向かう。男所帯のこの医局は、物で溢れごちゃごちゃしている。デスクには資料などが山積みになり、今にも崩れ落ちてきそうなほど。そんな巣窟の隅に閑のデスクがあり、彼女はそこで仕事をしていることが多い。
「そうだ、伊東」
席に着きかけた閑を呼び止めると、彼女はくるっと踵を返し、大知の方に向かってきた。
「はい。なんでしょう」
「悪いんだがこれを……」
言いながら、大知はデスクのキャビネットを開いた。その瞬間、ハッとした。なぜなら、杏から受け取った離婚届けを、この中にしまっていたからだ。
「先生? どうかされました?」
キョトンとする目を向けられ、大知は慌ててキャビネットを閉じる。
「なんでもない。これを郵送しておいてくれ」
動揺する心を押し殺し、取り出した封書を閑に手渡す。離婚届けを、ここに入れていたことをすっかり忘れていた。一気に現実に引き戻された気分だ。
閑に見られていないだろうか? もし見られていたら、なんとも決まりが悪い。
「わかりました。今日中に送っておきます」
「あぁ、頼むよ」
閑はそれだけ告げると、自分のデスクへ行ってしまった。
どうやら見られてはなさそうだ。ホッと安堵のため息をこぼすと、大知は仕事にとりかかった。