暗い暗い海の底
 残念ながら今日はあの人はいないのです、と言おうとして、その言葉を私は飲み込んだ。彼がいないと言ったら、この男は濡れネズミのまま帰路につくのだろう。

「あ、オレ。傘持ちます。って、オレが今さら傘を差しても意味がないですね」
 そう言って笑うキラキラ男は、眩しい。

 私の家はそこから歩いて五分のところ。
「今、タオルを持ってきますね」

 恐らく彼は気付いた。夫がいない、ということに。

「あの……、主任は?」
 私からバスタオルを受け取った彼は、恐る恐るそう尋ねていた。

「ええ、急な出張が入ったようで、不在なのです。何か、夫に話したいことがありましたか?」

「いえ……」
 気まずそうに答えた彼は、バスタオルで濡れていた髪をグシャグシャと拭いた。

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