暗い暗い海の底
 尋ねられて気が付いた。どうして、夫と別れるということを考えなかったのか。あの生活に未練があるわけでもない。

「どうして、でしょうね?」
 私が小首を傾げれば、彼は優しく私を抱き締めた。

「それだけ、追い詰められていたんだな……」
 彼の言葉が、私の心を溶かした。

 私は、夫に電話をかけた。

『どこにいるんだ?』
 電話越しでもわかる、夫の不機嫌な声。

「別れてください。これから、然るべきところに相談します」

『君は不倫をしていたくせに、そんなこと、よく言えるな』

「それは、お互いさまでは? 私が気付いていないとでも思っていましたか?」

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