Dear my girl
Make me sweet. 1
各地で梅雨入り宣言が相次いでなされ、本格的にシーズンが到来した。
この時期、綺麗に色づく紫陽花は好きだけど、独特の湿度には辟易してしまう。沙也子の髪質は猫っ毛で、文字面だけ見れば可愛いが、柔らかくて細いから広がりやすいのだ。
手ぐしで何度も髪を撫でつけながら、沙也子は構内のラウンジに向かった。
学生のコミュニケーションスペースとされる場所で、時間を潰すときは、だいたいラウンジかカフェテリアを利用する人が多い。
講義まで時間があるので覗いてみると、黒川蒼介と大槻やよいがいた。
何やら言い合っていて、かなり険悪なムードだった。沙也子は慌てて近寄った。
「どうしたの?」
やよいは沙也子に気がつくと、丸い眼鏡を押し上げ、ふくれっ面で鼻を鳴らした。
「沙也さん、聞いてくださいよ。黒川くんが、写真部の合宿に行くなとか言うんです。横暴すぎません?」
やよいは大学でも写真部に入部した。
夏休みには合宿と称した撮影旅行があるのだが、その参加を黒川が反対しているという。
やよいがぷりぷり怒って沙也子に説明するのを見て、黒川は顔をしかめた。
「当たり前じゃん。周り男ばっかで泊まりなんて、狼の群れに子リス放り込むようなものっしょ。パクッと食べられるに決まってる」
「子リスってなんですか! わたしのことバカにしてます? それに、女子はわたしだけじゃありませんから。だいたい、みんな真剣なんです。黒川くんみたいにいかがわしいこと考える人なんていません」
「いかがわしいって何? 俺のこと、そんなふうに思ってんだ?」
「待って、待って。落ち着こう」
黒川までヒートアップしてきたので、沙也子は焦って間に入った。
彼は軽く息を吐くと、ペットボトルに口をつけた。
こちらは大丈夫そうなので、沙也子はやよいに向き直った。
「黒川くんは、やよいちゃんが好きだから心配なんだよ。やよいちゃんを信用してないとかじゃなくて……うーん、何て言ったらいいのか……ヤキモチ的な?」
黒川は沙也子を横目で見ると、唇を尖らせてそっぽを向いた。
「……そうやって言葉にされると、ダセーな」
彼の気持ちが伝わったのか、やよいは頬をわずかに染めて複雑そうな顔をした。口をもにょもにょさせている。
そんな二人が微笑ましくて、沙也子は軽率に思ったことを口にした。
「それ、黒川くんも参加できないの?」
二人はぽかんと沙也子を見て――、黒川は明るい顔で手を叩き、やよいは青くなった。
「その手があるじゃん」
「ぎええ、やめてくださいよ! 聞きつけた女子たちが押し寄せてくるじゃないですか!」
なかなかいいアイディアに思えたけれど、また揉め始めてしまった。