Dear my girl
譲れないポジション 3
駅に向かって歩いていて、一孝が思い出したように言った。
「腹へったな。とりあえず、なんか食うか」
「あれ? さっき食べてないの?」
「ドリンク飲んで、すぐ出るつもりだったから」
時刻は14時になろうとしていて、沙也子も急に空腹を意識した。
家に帰ってからと思っていたけれど、外の方がかえって落ち着いて話せるかもしれない。
「それなら、気になってるパン屋さんがあるんだけど、そこで買って公園で食べない?」
駅と大学の間にある最近オープンしたパン屋で、通りがかるたびに沙也子は気になっていた。
一孝がそれでいいと言うので、そのままパン屋に向かった。
ふんわりとパンの香ばしい匂いがする店内。
幸せの匂いだと沙也子はいつも思う。焼きたての香りは特に幸福度が高い。
先程までなら、こんなふうに感じる余裕はとてもなかっただろう。一孝が沙也子をすぐ信じてくれたこと、気持ちを受けとめてくれることが、沙也子の心を明るくしていた。
オレンジの光に照らされる棚には、様々なパンがつやつやと陳列している。
どれもこれも美味しそうで、トレーとトングを手に、しばらく悩んだ。沙也子はどうにか2つに絞り、彼は4つ選んでいた。
バッグから財布を取り出しているうち、一孝が電子マネーで全て支払ってしまった。
「いいよ、これくらい」
「あ……ありがとう」
電子マネーは、にこにこ現金主義の沙也子には敷居が高いと思っていたが、なるほど便利だった。
いつかスマートに彼の分も支払ってみたいと、沙也子は密かに野望を持った。
いつも大学が終わると、わりとすぐ帰っていたので、周辺を散策するのは初めてだった。
大きな公園には池があり、スイレンが水面に可愛い花を浮かべている。
よく整備された花壇にも花があふれていて、居心地のいい公園だった。
鴨の親子が泳いでいる池のそばのベンチに腰を落ち着け、まずは空腹を満たすことにした。
沙也子はクロワッサンのサンドイッチと生のトマトが焼かれたオニオンブレッド、一孝はコロッケパンやカレーパンなど、がっつりしたものを選んでいた。
生地はふんわりしているのに具はずっしり濃厚で、とても食べごたえがあって美味しかった。
またリピートしようと心に決め、紙パックのコーヒー牛乳を飲む。パンとの相性抜群で、沙也子はようやく人心地ついた気持ちだった。
飲みながら、男子と二人になった経緯を話すと、一孝は渋い顔をした。
「なんつーか、セコいやつだな。たぶんその女子に自分のこと黙って誘うよう頼んだんじゃねぇか。もっと言ってやればよかった。またしつこくされたら、俺に言って」
「もうないと思うよ。付き合ってる人がいるから、他の男子とは会いたくないって言ったもん」
それが友達でも無理なのだと伝わったはず。
そう言うと、一孝はかすかに微笑んだ。