Dear my girl
「ごめんね、わたし帰る。自意識過剰に見えるかもだけど、付き合ってる人がいるから、他の男子とこういうふうに会いたくないと思ってて……。田中さんには今度謝っておくから」
沙也子が立ち上がると、男子は「待って」と引き止めた。
そこで、誰かがテーブルの上に手を置いた。
怒気をあらわにした一孝だった。
彼は男子に据わった目を向けると、薄く笑った。
「しつけぇな。てめぇ、いいかげんにしろよ」
立ち上がりかけていた男子は、顔色を無くして、がたんとまた座った。
「す、涼元くん、あの、わたし、」
沙也子は説明しようと思ったが、焦ってうまく声が出てこなかった。心臓が早鐘のように鳴り響いている。
「沙也子、帰れる?」
「う、うん」
一孝は沙也子の手を取ると、そのまま店を出た。集まりの方は大丈夫なのかと心配になる。
「涼元くん、帰って大丈夫なの?」
「最初から顔出したら帰るつもりだった。幹事にもそう言っといたし」
一孝がいつもの調子なので、ようやく沙也子は肩の力が抜けてきた。おずおずと見上げる。
「あのね、さっきの、あの人と会うつもりなんてなかったよ。知らなかったの」
やっと説明できたが、少し手が震えてしまった。
一孝は立ち止まり、沙也子に向き直って背をかがめた。
「だろうな。分かってるから、そんな泣きそうな顔してんなよ」
苦笑した一孝は、沙也子の頭に手を置いた。
胸がぐっと詰まり、目の奥がじわりと熱くなる。
「どうして、わたしがいるって分かったの?」
席はだいぶ遠かったはず。
目立たない端っこだったし、沙也子は背を向けていたのに。
一孝は目を泳がせ、唇を噛むと、少し言い淀んだ。
「……引くかもしんねえけど、どこ行っても何してても、いないと分かってても、谷口を探す癖があるっつーか……。まあ、だから同じ店でマジよかった……」
それから彼は、表情をあらためて、沙也子をじっと見つめた。
「この勢いで、ついでに言うけど。さっきの、なんであいつとああなったのかは気になるし、谷口が普段何を思ってるのか知りたい。なんか悩んでたり、嫌な思いしてることがあったら、俺は聞きたいと思ってる」
真摯な瞳を、沙也子は見つめ返した。
沙也子がもやもやと心を重くしていたことに、きっと一孝は気づいていたのだ。
(涼元くんは、いつもわたしの気持ちをちゃんと聞いてくれる……信じてくれる)
沙也子は一孝の手を握り返した。
「わたしも、涼元くんに訊きたいことがあるし、わたしの気持ちも聞いてほしい」
思い切ってそう言うと、一孝はどこかホッとした笑みを見せた。