Dear my girl

「涼元くん。できたけど、ベッドで食べる? それとも起きられる?」

 沙也子が声をかけると、一孝は着替えてさっぱりとした様子だった。

「そっちでもらう。なんか、ピーク過ぎたっぽい」

「ほんと? よかった!」

 彼は土鍋で出した煮込みうどんがありがたそうだった。寝込んでいたとは思えないほど旺盛な食欲を見せる。もっとも、もうお昼をとっくに過ぎているので、回復すればお腹がすくのは当然だった。
「あつ……」と額の汗をぬぐう彼の顔色はいつものそれで、沙也子は胸を撫で下ろした。

「そういえば、涼元くんて、年に一度は熱出してたよね。今でもそうだったんだ」

「今回はマジでタイミング最悪」

 ものすごく嫌そうに言うので、沙也子は笑ってしまった。

「確かに誕生日の翌日なんて、運が悪かったね。でも、当日じゃなくてよかった」

「まあ、翌日だからこそ、だったかもしんねえけど」

 彼の新しい一年の始まりに、これで厄を落としたということだろうか。
 あらためて、先日まで16歳だったんだよな、と妙な上から目線で感慨深く思ってしまう。沙也子の誕生日は7月なので、4ヶ月ほど年上なのである。
 
 同学年で年上もなにもないけれど。もっといえば、助けてもらってばかりで、偉そうなことは何一つ言えないのだった。

「あっ、さっきも言ったけど、勝手に部屋に入ってごめんね。大丈夫なのか気になっちゃって」

 先ほどは意識が朦朧としていたみたいなので、謝ったことを覚えていないかもしれない。
 彼は時々沙也子の部屋に線香を上げにきてくれるけれど、沙也子が一孝の部屋に入ったのは初めてだった。
 それに、本来であれば、寝込んでいるところなど見られたくなかったはず。

 一孝はまったく気にしない様子で、あっけらかんと言った。

「掃除はしなくていいって言っただけで、入るなとは言ってねーよ。いつでも来ていい。むしろ来てほしい」

「もしかして、まだ熱ある?」

 一孝が冗談を言うなど珍しくて、沙也子はつい突っ込んだ。
 心臓に悪いからやめてほしい。顔が赤くなってないだろうか。そっと自分の頬に触れてみる。

 実は「むしろ来てほしい」は一孝の心の声が漏れてしまったのだが、一孝はそれに気づいていなかった。 

「だいぶ、楽になったけど」

 もう一度体温計を渡すと、今度は37.3。確かに下がったけれど、まだまだ油断はできない高さだ。

「お薬あるよ。一応飲んでおいたほうがいいと思う」

 コップにお水を注ぎ、解熱剤を渡した。心を落ち着けるべく、沙也子も冷たいお水を飲んだ。

「……何から何まで、ほんと悪い。かっこわりーな、俺……。いろいろ、いくらだった?」

「ううん、わたしも使うし、全然いいよ」

「それでも、払う」

 一孝が引かないので、ここは大人しく言うことを聞いてくことにした。そのほうが彼も気持ちが楽だろう。

 きちんと薬を飲んだところを見守り、沙也子は口を開いた。
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