Dear my girl

* * *


 抱き寄せられた瞬間、ドキッと硬直した沙也子だったが、一孝が「行かないで……」と呟いたので、体の力を抜いた。抱きしめる手が震えている。

(子供の頃の……お母さんの夢を見てるのかな)

 小学校に上がる前にはすでにいなかったらしい。同じ片親でも、甘えることができる母親がいるのといないのとでは、寂しさがまったく違うと思う。締めつけられるように胸が痛んだ。
 
 せめて夢の中でくらいは穏やかに過ごしてほしい。沙也子は一孝の背中に腕を回し、優しくぽんぽんと叩いた。ここにいるよ。そんな思いを込めて。

 首筋にかかる吐息も身体も熱く、まだまだ熱は高そうだ。
 ドギマギしながら、どうしたものかと思っていると、やがて一孝が身じろぎ――、沙也子をがばっと引き離した。
 そのまま起き上がり、ひどく驚いた顔をしている。

「……。……谷口?」

「うん。勝手に入っちゃってごめんね。具合、どうかな。いろいろ買ってきたんだけど、スポーツドリンク飲む?」

 何もなかったふりして誤魔化すと、一孝はサッと顔色を変え、沙也子から素早く両手を離した。

「悪いっ 悪かった……ごめんっ 俺、何した?」

 具合が悪いくせに、あまりにも必死に謝ってくるものだから、大丈夫だと安心してほしくて、沙也子は一孝の手を握って微笑んだ。

「何もないよ。涼元くん、夢でうなされてただけだから。それに、わたし、涼元くんなら何されても怖くないよ」

 一孝は沙也子を傷つけない。下心など持っていない。この様子を見れば、痛切に伝わってくるものがある。
 逆にこんなにも気を遣わせて、ひどく申し訳ない気持ちになった。

「何されっ!? ……え、俺まだ夢見てる?」

 一孝は寝ぼけているのか意識が混乱しているようで、沙也子は小さく笑った。

「起きてるよ。食欲どう? うどんとか食べれそう?」

「……うん」

 やけに素直なのが可愛く見えて、沙也子は頬を緩ませた。
 熱を計ってもらうと39度近くて、これは辛いはずだと沙也子は眉を寄せた。「その前にちょっと待っててね」と、いったん自分の部屋に戻る。

 タオルを濡らしてぎゅっと絞り、電子レンジであたためる。あちち、と両手で交互にタオルを持ちながら、一孝のベッドに行った。

「だいぶ汗かいたみたいだから、うどんできるまで着替えててね。はい、蒸しタオル」

 熱のせいか、どこか感極まったように彼の瞳が揺れた。
 具合が悪い時というのは心細いものだ。

(勝手に部屋に入っちゃったけど、様子を見に来てよかった)

「じゃあ、できたら持ってくるね。何かあったら、遠慮なく呼んで」

「たぶん風邪じゃないから、うつすことはないと思うけど……。迷惑かけて悪い」

 一孝の声は少し掠れていた。いつもより若干気だるい様子で囁かれ、沙也子は笑顔を向けた。

「迷惑だなんて思ってないよ。でも、頼ってほしかったかな」

「そんなの、いつも俺だって……」

「え?」

 聞き取れなかったけれど、一孝がタオルで首などを拭き始めたので、沙也子は急いで部屋をあとにした。
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