Dear my girl
「あのね」
「? なに」
あらたまった様子の沙也子に、一孝が瞬きをする。
沙也子を部屋に案内してくれたあの日、始めに一孝に告げた時と同じくらい、勇気を出して言った。
「前も言ったけど、男の人が怖いって言ったやつ、本当に気にしないで。わたし、涼元くんのこと、怖くないから。触られたって何されたって、たぶん大丈夫だと思う。涼元くんのこと信頼してるし、わたしなんかに変なことしないって、分かってるから」
意識的に明るい声を出したつもりだったが、しばらく重い沈黙が続いた。
言い方を間違えただろうかと、沙也子は焦った。
「へ、変なことっていうか、」
「俺が、谷口に下心なんてないのは分かってるから、いちいち気になくていいって?」
「そ……そう」
保健室に連れて行ってくれた時も、寝込んでいた時に母親と間違えて抱きしめた時も。沙也子が心苦しくなるくらい気を配ってくれていて、それはふだんの彼からも感じている。
煩わせて申し訳ないなと思うと同時に、少し寂しくもあった。自分でも身勝手だと思うけど、一孝への想いを自覚した今、互いの空気すら触れないよう気遣われるのは悲しいことだと思った。
「……分かった」
あの時と同じ言葉を返されたのに、沙也子はホッとすることができなかった。
一孝がどことなく傷ついたように見えたからだ。
(やっぱり……わたし、何か間違えた……?)
思わず見つめていると、一孝はコップに残った水を一気に飲み干した。
それからこちらを見やり、口の端を上げる。
「そういうことなら、これからはもっと容赦なく問題集を頭に叩き込むからな。今日の礼も倍返しにしてやるよ」
恐ろしいことを言われたものの、いつもの一孝で、沙也子の胸に安堵感が広がった。
「えー、そういう時は、逆に優しくしてくれるんじゃないの?」
つい憎まれ口を叩くと、一孝はバカにしたように笑った。
「音を上げないって言ったのは誰だよ」
「……わたしです」
この軽口も、一孝なりに沙也子を思いやってくれているのだと分かっている。
彼は子供の頃から有言実行だった。そして、できないことは言わない。沙也子が真面目にかじりつけば、きっと合格に導いてくれるだろう。
頑張らなければと思っていると、一孝が「俺も」と言ったので、沙也子は目をぱちくりさせた。
「俺もって、なにが?」
「音を上げないってこと」
意味ありげな笑みを浮かべる一孝に、沙也子はしっかり気合を入れ直したのだった。