夫の一番にはなれない
奈那子はペンを動かしながら、そのやりとりに静かに耳を傾けた。
そこには、無理のない関係があった。
誰かと話せる場所があるということ。
学校が苦手でも、教室に入れなくても。
誰かと何気ない会話を交わせる場所があるだけで、人は変われるのだと。
奈那子はその“場”を守ることが、自分の役目なのだと、改めて思った。
日が落ちた夕刻。
來が仕事を終えて自宅に戻ると、リビングの灯りはほんのりと柔らかく、温かい香りが部屋を包んでいた。
「奈那子?」
聲をかけながらリビングに足を踏み入れると、ソファに小さく身体を丸めて眠っている奈那子の姿があった。
毛布を半分だけ肩にかけ、薄く開いた唇から静かな呼吸が漏れている。
來は無言でソファに歩み寄り、そっと毛布を肩まで直した。
そして、その頬に静かに唇を落とす。
軽く、触れるだけのキス。
その瞬間、奈那子がうっすらと目を開けた。
「……おかえり」
寝起きの声は、どこか甘くて優しい。
「ただいま」
來はソファの隣に腰を下ろし、奈那子の手をそっと握った。
指先が触れ合ったそのとき、來がぽつりと呟いた。
「俺さ、今の毎日が……結構好きなんだよな」