秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
 この答えが精いっぱいだった。志弦がいなくなってしまうという事実にありえないくらい動揺している。
 彼はどう思っているのだろう。
(これでお別れのつもりだった、とか?)
 こわごわと顔をのぞき込むと、彼の真剣な眼差しが刺さった。

「ひと月後、一緒にロンドンに行かないか? 君も画廊も必ず守るから。俺を信じてほしい」
(志弦さんと一緒に?)
 ロンドンの街をふたりで歩いている。そんな想像が清香の頭にぱっと広がる。あまりにも幸せなその夢に、胸が強く締めつけられた。
「君も仕事をしているからすぐに返事をとは言わない。でも俺は本気だ」
 彼は白い封筒を清香に渡す。中身を確認してみたら、ひと月後の航空券だった。
「一時帰国のときはスケジュールに余裕がなくて。ここには戻ってこられないから空港で直接……君が来てくれることを祈ってる」

 大きなスーツケースを抱えて屋敷を出ていく彼を見送ると、部屋には戻らず縁側でぼんやりと庭を眺めた。
(ここでウタを見つけて、怪我した指を志弦さんが手当てしてくれて――)
 志弦との思い出が次々に蘇ってくる。ここに来たばかりの頃は、すっかり彼に嫌われてしまったと思っていた。でも、そうではなかったことがわかって、彼は好きだと告白してくれた。
 清香は思わず両手で胸を押さえる。
(うれしい。許されない恋かもしれないけど……志弦さんと両想いなんて夢のよう)
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