秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
 だけど、浮かれそうになる気持ちに現実がズンとのしかかる。
(志弦さん、画廊、昴さん、家族。この恋は、犠牲にするものがあまりにも大きいよ)
 本当は、心のままに差し出された彼の手を取りたい。けれど――。

 無意識に大きなため息をつくと、「背筋が曲がっていますよ」と厳しい声が飛んできた。
「駒子さん、千佳さん!」
 振り返ると、ふたりが並んで立っていた。駒子は慈しむように目を細める。初めて見る、優しい笑顔だった。
「清香さんの花嫁修業……残念ながら不合格です」
 不合格はたしかにそのとおりだろうけど、急にどうしたのだろう。

「あなたは昴さんの花嫁にはふさわしくないから、今すぐここを出ていきなさい」
 駒子の言葉を補足するように千佳が口を挟む。
「もう、駒子さんってばツンデレなんだから! 清香さん、駒子さんの本心は逆なのよ。昴さんが清香さんにふさわしくないって言いたいの」
 駒子は千佳に苦々しい顔を向けるが、否定はしなかった。
「あ、あの……」
(もしかして、志弦さんとのこと、気づかれてる?)

 清香の胸のうちを見透かしたように、駒子は言葉を重ねた。
「私は昴さんのお世話係としてこの屋敷に来ましたが、ずっと志弦さんを不憫に思っていました。こんなふうにないがしろにされるなら、大河内の名など捨ててお母さまと暮らしたほうが幸せだったんじゃないかと……」
 駒子は静かに過去を語る。
< 116 / 181 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop