秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
 清栄は五年前に亡くなっているので、もう新しい作品は生み出せない。それに、長年、大河内グループを率いてきた源蔵も、一年ほど前に肺炎をこじらせてこの世を去った。大河内グループは新体制に移行している真っ最中で、新しいトップが源蔵のように画廊を支援してくれるかはわからない。

 伯父と祖父が存命だった頃、この場所は清香にとって一番落ち着く空間だった。暇さえあれば入り浸っていたし、ゆくゆくはここを継げたらと思っていた。
 でも、最近は訪れるのが苦しい。素晴らしい絵が雑に扱われているところは見たくない。

「それで、今日はなんの用だったの?」
 清香がここに来たのは琢磨に呼び出されたためだ。
 彼女の声はどことなく冷たく響いたが、鈍感な彼は気にも留めない。
「おぉ、これ以上ないめでたい話だ」
 琢磨はいやに上機嫌だ。なんだか嫌な予感がしたが、とりあえずは話を聞いてみることにした。客もいなかったので、清香は琢磨の向かいに腰を落ち着ける。

「やったな、清香! お前、大河内家の奥さまになれるぞ」
 縁談が決まった、と琢磨は言った。
 あまりに唐突な話で絶句してしまった。大学院を卒業し、社会人となってまだ三年目だ。結婚なんて考えてもいなかった。けれど、琢磨はそんな清香の困惑などはお構いなしに、興奮気味に話を伝えてくる。
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