秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
 心では瞬時にそう答えていたけれど、そのまま口にするのはためらってしまった。いくらなんでも、図々しすぎるだろう。
 小さく返事をする。
「あ、えっと……お任せで」
 彼はぐっと顔を近づけたかと思うと、耳元で甘くささやく。
「そんなこと言っていいの? 朝まで帰さないかもしれないよ」

 ボンッと清香の頭がオーバーヒートする。なんと答えていいのかわからず、たじろいでいると「明日の午前十時、ここで」と短く告げて彼は身をひるがえした。
 振り続ける雨の奥に消えていく彼の背中を呆然と見送る。
(夢? 私、白昼夢でも見てるのかな?)
 
 尾野美術館の最寄駅は表参道駅だ。清香は駅のコンコースに入ると、スマホから茉莉に電話をかけた。
『もしもし。どうしたの?』
 その応答にかぶせるように、大声で尋ねた。
「教えて、茉莉! 茉莉オススメの谷間ができるブラ、どこで買える?」
『谷間』やら『ブラ』やら、公共の場で口にすべきではない単語を叫んだものだから、周囲にいた人たちがいっせいに怪訝な視線を向けてくる。けれど、そんなものはまったく気にならなかった。

 一年近く片思いを続けてきた相手と初めて会話できた。それだけでなく、デートの約束まで取りつけたのだ。思いきり浮かれたって、許されるはず。

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