花は今日も咲いているか。~子爵夫人の秘密の一夜~



 子爵夫人、エレナ・フランフィードにとって結婚は義務だった。

 エレナは伯爵位を持つ家の次女として生まれた。
 両親はごく一般的な貴族で、父は高圧的な人間だったし、母は散財を好んだ。二人とも暇を見つけては別の相手と遊んでいたが、それもまあ、ありふれた貴族の姿だろう。
 そんな二人の元で、エレナはそれなりに愛されて育ち、十八歳になった年に父の決めた相手と結婚をした。
 相手は父の派閥に属するフランフィード子爵。お互いの政治的な結びつきを強めるための結婚で、言葉通りの政略結婚だった。
 それは良い。貴族の結婚などそういうものだから。

 
「エレナ、申し訳ないけど、またしばらく家を空けるよ。仕事が忙しくなってしまってね」

 屋敷のホールにて、金色の髪に帽子を乗せながら、夫アーノルドは申し訳なさそうにそう言った。
 もちろんその表情が上辺だけのものだとエレナは知っている。
 エレナがいまここに見送りに出ているのも、使用人たちの手前、仕方なくやっていることだ。

「ええ、お気になさらないで。いつものことだもの」

 つんと顎をあげ、ちくりと刺すように言うと、夫はわざとらしく肩を丸めて出て行った。
 

 夫であるアーノルドとは上手くいっていない。
 いつからというのなら、初めから。


 アーノルドは、いわゆる女好きだ。それも特別に美しい女が好きだ。それはきっと、彼自身がそれなりに整った容姿をしていることもあるのだろう。
 そしてエレナは、決して美しい女ではなかった。
 髪はどこにでもある赤毛で、髪質なのか、いくら手入れをしても乾燥している日が多い。
 目も鼻も口も特に主張のない部品ばかりで、少し張った頬がコンプレックスだ。体に際立った凹凸もなく、豊満な胸もない。
 
 アーノルドは初めて会った時から、エレナを気に入らない様子だった。ただアーノルドはエレナの父に逆らえない。元々何かの政略でアーノルドが父の助けになり、その褒美のような形でエレナが嫁ぐことになったのだ。
 アーノルドにとっては、父に可愛がられている証がエレナであって、見た目が気に入らないからと拒否することはできなかったのだ。

 アーノルドとの夜の生活も、最初の一年だけだった。
 子供は授からなかった。アーノルドは言葉こそ濁したが、原因はエレナだと決めつけた。 
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