花は今日も咲いているか。~子爵夫人の秘密の一夜~
 彼は偶然を装ってそう言ったが、エレナはそうでないことを知っていた。
 あの日、トマと別れた後。
 屋敷に戻ってきたエレナを見つけるなり、アーノルドは平謝りした。酒に酔っていた。“仕事で”色々あってむしゃくしゃしていた。君にとても失礼なことを言った。全て本心ではないんだ。本当に申し訳ない――。
 言い訳の種類は、それこそ庭に咲く薔薇の数より多かったのではないか。
 アーノルドにとって、エレナを怒らせて良いことなど一つもないのだ。
 いまも何とかエレナの機嫌を取ろうと、部屋の前をうろついていたのだろう。

「ええ、おはよう。アーノルド。」

 挨拶を返すと、アーノルドはあからさまに胸をなで下ろした。
 エレナは良い気分で彼の前を立ち去ろうとしたが、ふと思い直して足を止めた。

「そうだ、アーノルド。お父さまと、あなたの子供の面会の場を近々作ろうと思っているのよ。そのことについて話をしたいと思っていたのだけど」
「ああ、ありがとう、エレナ! 今日は午後から時間があるから、ゆっくりと話そう!」

 ほっとしたように、アーノルドが大きく頷く。
 エレナもまた、優雅に微笑んだ。
 アーノルドが、朝食の前に仕事があると言って書斎に去って行く。エレナも食堂へ向かおうとしたが、そこでサリーに呼び止められた。
 
「……奥さま」
「なに?」

 振り返るとサリーは扉を開けたまま、じっと部屋の奥を見つめていた。

「花が枯れかけておりますが、どういたしましょう?」

 訊ねられて、エレナもまたそちらへ視線を向けた。
 僅かに開いた窓から差し込む風に、白いカーテンが揺れている。
 その傍らには、ほとんど枯れかけている一輪の花。
 エレナはしばらくそれを見つめた後、小さく微笑んだ。

「いいわ、捨てて頂戴」
「……よろしいのですか?」
「いいのよ」

 エレナは笑みを浮かべたまま、軽く片手を振った。

「もう、華やいだから」

 その言葉に、サリーが目を丸くする。
 エレナは「ふっ」と笑い声を漏らしてから、颯爽と前を向いた。 
 ちょうどその時、階下から何かをひっくり返して割る音と、若いメイドたちの悲鳴が聞こえた。どうやら何か失敗したらしい。エレナは腰に手を当てると、「全く!」と言って肩をいからせた。
「あの子たち、また何かやらかしたのね! 私が見張っていないと、すぐにこれなんだから!」

 憤慨しながら、廊下をカツカツと足早に歩いて向かう。
 その背後からは静かに、扉の閉まる音がした。

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