花は今日も咲いているか。~子爵夫人の秘密の一夜~
 それを聞いて、エレナは自分でも信じられない程ほっとした。
 良かった――、また彼に会えるのだ。
 ここ最近、泥を跳ねたように憂鬱な日々が続いていたが、それが一瞬で晴れていく。
 ルドーの「私が花を切りましょうか?」という提案を断って、エレナは早足に部屋へ戻った。
 窓枠に飾った花は、少ししおれかけている。
 
 ――トマ……。

 エレナはふらと窓に近付き、椅子に腰掛けた。
 祈るように両手を組み、ただ花を見つめる。
 少しするとサリーが部屋にやってきて、エレナと花を見比べて首を傾げた。

「花を変えましょうか?」
 
 サリーは、エレナがしおれかけの花が嫌いなことを知っている。
 エレナは首を横に振った。

「……いいわ、このままにしておいてちょうだい」
「しかし……」
「いいの」

 視線は花に置いたまま、エレナは軽く微笑んだ。

「……いいのよ、このままで」
 


 そして、数日後の夜半。
 深く寝入っていたエレナは、乱暴に扉を開ける音で目を覚ました。

 ――何?

 上半身を起こして視線を向けると、そこにはシャツを着崩した男がひとり、扉にもたれかかるようにして立っていた。

「アーノルド?」

 エレナは訝しげに夫の名を呼んだ。
 廊下の明かりに目を瞬かせてから、もう一度視線を向ける。やはり間違いない、彼はアーノルドだ。だが、どうも様子がおかしい。
 アーノルドは洒脱な男で、こんな風によれたシャツを着るなど、普段なら絶対にしない。また優雅さを好むから、夜分にこんな風に”余所の”寝室に押し入るような粗野な振る舞いもしない。彼に愛人の子がいると発覚してから、二人の寝室はずっと別だったのだから。
 そもそも彼は「しばらく家を空ける」と言ってからずっと留守していた。それが、こんな夜更けに連絡もなく帰ってくるなんて。

「……そう、帰ってきたのね。こんな遅い時間にいったい何のっ」

 とりあえず、深夜に起こされた腹いせに嫌味のひとつでも言ってやろうと口を開いたが、最後まで言い切ることは出来なかった。
 アーノルドがつかつかと大股にこちらに歩み寄り、エレナの肩を乱暴に掴んだからだ。

「――いやッ」

 酒の匂いがする――、エレナは咄嗟に彼の手を振り払った。
 そのままベッドの柵まで後ずさり、自分の肩を両手で抱きしめる。

「なんのつもり!」
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