政略結婚ですが、不動産王に底なしの愛で甘やかされています
 土地活用の知識を身につけるためこれまで勉強をしてきたけれど、大学を卒業してようやく不動産業界で働くようになった私は社会人二年目に入ったばかり。だからまだその実力が備わっていない。

 三年前にお母さんと再婚した継父の景雪(かげゆき)さんは、一般家庭で育った普通のサラリーマン。お嬢さま育ちのお母さんと同じく土地の運用ができないのは仕方がないし、これ以上私のわがままで困らせてはいけないと気持ちを切り替えたのに。

 千石さんは土地の話なんて二の次で、私とどうにかなろうとしか考えていないようだ。

 よりによって初めての交渉で、こんな嫌な思いをする羽目になるなんて。

「車には興味がないかな? それならバッグやアクセサリーはどう? 恵茉さんは可愛いからなんでも似合うだろうね」

 何度か話を切り上げようとしたがちっとも察してもらえない。こうなったら非礼行為だとしても一方的に席を立たなければ終わらないだろう。

 退席するためにまだカップに残っているコーヒーを飲み干そうとした時、隣に座っていたチャコールグレーのスーツを着た男性が突然立ち上がり、私の手首を強引に掴んだ。

「飲んではいけない」

 驚きで身体が跳ね、手中にあるコーヒーカップの黒い液体が飛び跳ねて白い服に大きな染みを作った。
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