憎んでも恋しくて……あなたと二度目の恋に落ちました



同じ日の夕刻。
病院の十階にある副院長室には、ひとりの男性の姿があった。

この部屋は観葉植物すら置いていないので、シンプルというより殺風景だ。
ただ大きな窓からは、世田谷の住宅街の屋根が夕陽に染まっていくのがよく見えた。

窓際に立った柘植直哉(つげなおや)は、久しぶりに見る東京の夕景を感慨深く眺めていた。

(夕焼けはこんな色だったか……)

ここ何年も医者として忙しい毎日を送ってきたから、変化していく黄昏時の空を眺めるなんて久しぶりだ。
出されていたコーヒーに手をつけず、ひたすら景色に見とれていた。

微かに救急車のサイレンが聞こえたような気がしたとき、副院長室のドアがノックされた。

「やあ! よく来てくれたね」

声をかけながら部屋に入ってきた克実は、直哉に向かって手を差し伸べた。
ふたりは大学の先輩後輩の中だ。男同士、がっちりと握手を交わす。
スラリとした体躯と恵まれた容姿のふたりが並ぶと壮観だ。

「お久しぶりです、立花先輩。すっかりご無沙汰してしまいまして」
柘植(つげ)君、また逞しくなったな」

克実はまだ30代半ばだが数々の難しい心臓疾患の手術を成功させており、今や日本の心臓外科医としてはトップクラスと言われる実力の持ち主だ。
冷たく見えるほど整った顔立ちは院長である父の義実そっくりだが、少しだけ表情が豊かだ。

「手術中だとお聞きしたのですが、大丈夫ですか?」
「ああ、急なPCIだったんだ。無事終わったよ」

冠動脈形成術(PCI)を終えたばかりの克実には疲労の色は見えない。
彼の手際よさには定評があるから、今日も早々に終わらせたのだろう。


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