観念して、俺のものになって
私にとって本は、命と財布とスマホの次に大切なものだからそこに挟めば絶対になくしたりしないもん。
本を閉じて静かに鞄にしまうと、紬さんは一瞬真っ黒な瞳を丸くして、その後すぐに顔をくしゃっとさせた少年のような笑顔を浮かべる。
「じゃあ、また」
そして、彼が踵を返して駅まで歩いていくのを見届けた。
***
というのが、1時間前までの出来事である。
「…………はあ」
今日何度目かのため息をついて、私は名刺を摘んだままの腕をぼふっとシーツの上へ力なく落とす。
紬さんのおかげで妙なことに巻き込まれて、楽しみにしていた休日は台無しになってしまった。
でも、これを見せればお気に入りのあの店で、あまりに美味しくて忘れられなくなった珈琲を飲むことが出来る。
……きっと紬さんは覚えていないだろうけど、あの珈琲を私に勧めてくれたのは彼だったんだよ。
またごろんと寝返りを打ち、うつ伏せになって名刺を見つめる。