観念して、俺のものになって
私が叫ぶと、男性は一瞬こっちを振り返ったけどすぐに前へと向き直る。
長い前髪で顔が隠れていて、
どんな表情をしているか分からない。
『ダメです!!お願い、早まらないで……!!』
塀の隙間から手を伸ばし、彼の肩を掴んだら抑揚のない小さな声でこう呟かれた。
『……放っておいてください。もう、親に振り回される人生から解放されたいんです』
ズキッ
ああ、この人は想像を絶するような辛い経験をしたんだな。
私は男性の悲痛な訴えを聞いて、胸が痛んだ。
その人の苦しみを知らないで、簡単に『死ぬな、生きろ!』だなんて言えないけどさ、
生きてさえいれば、きっと希望の光が見えるかもしれない。
だから、どうか思いとどまって欲しいという気持ちでなんとか彼を宥めた。
……どれだけ時間が経ったかは覚えてないや。
最終的には、止めるように説得できたから本当に良かったよ。
読むつもりだった文庫本を床に落として、風でパラパラとページがめくれるのも気にならないくらい、夢中だったのを覚えてる。
その後は男性と一緒に1階まで降りて、別れたのが最後。
連絡は知らないし、今日まで会うこともなかったから今はどうしているのかが気がかりだ。