円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 この国の貴族の子供たちは、おおむね15歳~16歳で社交界デビューを果たし、それと同時に全寮制の高等学院に入学するのが慣例となっている。

 わたしたちは共に16歳でデビュタントを迎えた。
 婚約当初は、わたしのほうが背が高いぐらいだったのに、いつの間にかそれは逆転し、レイナード様はどんどん「男性」の体つきになってゆき、声は低くなり、「なんて可愛らしい!天使!」と脳内で愛でていた笑顔は麗しさとかっこよさを兼ね備えたものになっていった。
 それはわたしも同じで、身長の伸びは早くも止まってしまったけれど、胸が柔らかくふくらみ始め、体つきはどんどん「女性」へと進化していく過渡期だった。

 第一王子であるレイナード様のパートナーはもちろん婚約者であるわたしで、ダンスホールのど真ん中に立たされたわたしたちは初のダンス披露にひどく緊張していた。

 レイナード様はあまりダンスが得意ではなく、緊張のあまり控室で水を一気飲みしてはトイレに行き…を繰り返し、ついにダンスの先生に「シャキっとなさいませ!」と叱られる始末だった。

 体を動かすことが大好きなわたしは、お妃教育の中でダンスのレッスンだけは唯一楽しみにしていた時間だった。
 その時間だけはいつも必ずレイナード様と一緒だったし、先生がわたしのステップを軽やかでリズミカルだと称賛してくれたからだ。
 かたやレイナード様は、あまりリズム感がよくないようで、その自信のなさが姿勢や表情に現れてしまうものだから、先生からは頻繁に「もっとシャキっと!」と檄を飛ばされていた。

 ダンスの時間だけは、わたしのほうが得意げにレイナード様をリードする様子を見た先生が、わたしにそっと耳打ちしたことがある。
「女性がリードするのも大変結構ですが、表面的には男性にすべてを委ねて頼り切っているように見せなければいけませんよ。結婚生活もまた然りです」

 なるほど、確かに両親はそんな雰囲気だと妙に納得して頷いた。


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