円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 デビュタント当日、会場の入り口で緊張しているレイナード様に「しっかりなさって?」と声をかけるわたしも、もちろん緊張していた。
 しかし、ダンスホールの真ん中に立たされ曲が流れ始めると、レイナード様は堂々とした立ち居振る舞いで優雅に微笑む仮面をかぶり始めた。
 このスイッチの切り替えはいつ見ても驚かされる。
 控室では今にも泣きそうな表情だったくせに。

 その日のファーストダンスは、これまで何度となく重ねてきたどの練習よりも一番上手くいったと思う。
 それなのに曲が終盤に近付いた時、レイナード様がわたしの耳元で「綺麗だよ、シア。君が一番綺麗だ」と鼻血が出そうになるようなことを甘くささやくものだから、わたしの集中力が削がれて足がもつれてしまった。

 マズイ!このままでは転んでしまう!

 思わず目をつむったその時、体が一瞬ふわりと浮いたことに驚いて目を開くと、そのまま視界が半回転して着地した。
 わたしの腰と背中をレイナード様がしっかりと支えていて、その腕に男性の力強さを感じてドキリとした。

 その時、曲が終わり、わたしたちはたくさんの称賛の拍手を頂戴した。

 そしてこのデビュタントの夜、レイナード第一王子の立太子が国王陛下から宣下され、レイナード様は王太子殿下に、そしてわたしは王太子殿下の婚約者となったのだった。

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