婚約者には愛する人ができたようです。捨てられた私を救ってくれたのはこのメガネでした。
 モーゼフに言わせると、とにかく悔しかったからだ。彼女と会うたびに、自分だけそのような高揚した気持ちになることが。だからこそ、彼女に出会ってドキドキしないように彼女を「ブス」だと思い、顔を見ることが無ければ、このような気持ちにならないのではないか、とさえ思っていた。それをこっそりと弟であるエメレンスには相談していた。
 それでもリューディアは「ブス」とモーゼフに言われ少し寂しそうな表情を浮かべるものの、それでもいつも穏やかに笑っていた。余裕がある。なぜ、自分と同じようにドキドキしてくれないのか、とモーゼフは思い、いつもエメレンスに愚痴をこぼしていた。
 だが、モーゼフから「ブス」と言われ続けたリューディアが、素顔を晒すことが怖くなってしまい、人前で眼鏡をかけ始めたのもその頃。まさかその原因がモーゼフ自身にあるとは、モーゼフは思っていなかったようだ。エメレンスはエメレンスでリューディアに眼鏡をかけてもらえれば、彼女の顔を見てドキドキしないのではないか、とモーゼフに伝えていた。だから眼鏡姿のリューディアを見て、少しだけほっと胸を撫でおろすモーゼフがいた。

 だが数年が経ち、モーゼフはそのリューディアの眼鏡姿にさえ苦しむようになる。眼鏡姿のリューディアを見ても、心臓がドドドドと音を立てているのだ。そしてある男がモーゼフに囁いた一言がとどめを刺す。
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