愛してるなんて言わない(仮)
バッグの外ポケットからICカードを探りだした。
階段を下りた先、右に折れれば改札だ。

タタタタ、タタタタ。
足取りの軽い、駆け下りてくる音がした。
そんなに急がなくても。逃したとしても電車はまた直ぐに発車する。

「……ハァ…猛家さん?」

「はい、え?」

後ろからした声に思わず返事をしてしまった。

「ハァ…やっぱりだ。間に合わないかと思った。…ハァ」

室井君だ。

「あの、どうしたの?」

駅に用?じゃないとしても。
駅以外にも地下街にはお店が沢山ある。それより、何故、今、ここに室井君が?彼女は?

「後ろ姿見て、多分猛家さんだと思って」

「あの…」

私は確かに私だけど。私が誰だろうが、今はそれどころではないのでは?

「室井君…」

「あ、電車、直ぐ出ます?直ぐ乗ります?直ぐでないと駄目?まだ余裕あります?」

「えっと」

そんな矢継ぎ早に、え?どういうこと?

「あ、ちょっと、待ってね」

直ぐ横の時刻表を確認した。

「直ぐのは無いみたいね」

丁度、出たばかりだった。夜間、遅くなると本数が減る。次は15分後だ。

「あ、だとすると、そうですね、後15分弱、時間がありますね」

まあ、そうなるなあ。室井君も横に来て大きな壁時計の並びにある掲示板を眺めていた。

「そうね、あの…」

さっきからのこと、聞いてもいいのか、いや、そもそも室井君は何故今ここにいるのだろう。

「ここって」

「ん?」

「あ、ここって、近場にコーヒー飲める場所とかって、あります?」

駅を利用している割に私はあまりこの地下街のお店に詳しくなかった。だけど、駅からそう離れてない通りにコーヒーチェーン店があることくらいは知っていた。

「普段、この駅は利用しないからあまり知らなくて」

「○○ー○が、直ぐそこ、ちょっとあっちに歩けばその通路にあったと思い…」

「じゃあ、行きましょう」

「え?」

「店の中でゆっくりは難しいだろうから、テイクアウトで」

「え?」

「店は?」

「え?、あ、そこ、真っ直ぐ行ったら左に見えてくるはず…」

「何がいいです?」

「え?」

「先に行って買って来ます、何がいいです?」

「あ、でも」

一体何が起きてるの。コーヒー?

「言ってください、早くしないと次の電車が来てしまいます」

「では、ソイラテ、で」

「ソイラテ、了解です」

…んー。
握り締めていたICカードをバッグのポケットにしまった。
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